Masaの飲食 #04 チャンス

 

お疲れっす!Masa(マサ)です。今回は独立したきっかけを話します!
18~21歳くらいまでは鬼のような下積みをやってた。独立して自分のお店を持つという、夢が明確にあったから、料理作るの好きだし、苦にはならなかった。ホールもやった。ホールの気持ちだってわからなきゃだめだし、料理人だからってサービスが出来なきゃだめだと思うし、ワインだって一通りできなきゃって思うしね。

転機というかチャンスが来たのは21歳のとき。キッチンの3番をやってたんだけど(ハードだから勝手に上にあがっちゃうんだけどね。笑) ヨーロピアンブライダルコンクールに出場した。シェフと2番手で出場する予定だったんだけど、2番手の人が体調崩して「出ないか?」ってシェフに言われたんで。ヨーロッパの姉妹店で研修とかさせてもらってたから自信もあった。
料理内容は得意だし、好きなフュージョンでチャレンジした。勉強はいつもやってたからイメージはあった。あとはセンスだから。2~3回戦でシェフが落ちて、決勝に8人残って僕が優勝!そこから一気に変わった感じ。

いろいろなところから声がかかった。「ギャラはいくらならいいのか?」「タイトルはどんなのがいいか?」「好きに店やっていいよ」とか、オファーが殺到。白金、青山で総料理長とかいろいろやりました。でも会員制レストランでやってるとき、お姉ちゃん口説いてる人ばっかで料理をちゃんと食べない人とか、テーブルマナーもなってない人ばっかりで「朝から頑張って作ってんのに、なんのために俺やってんのかな?」とギャップを感じた。
だったらヨーロッパのバルだとか、漁師町の料理だとか、スペインの田舎町の料理とか、毎日行けて安くて気軽に行けるようなお店創っちゃった方が喜ばれるんじゃないかなって。10年後に独立するって決めてたけど、26歳でやっちゃった(笑)

俺のスタンスだけど、夢を語るのはあまり好きじゃないんだよね。「こーなりたい」「あーなりたい」って言うの簡単じゃん、なら1日も早くやっちゃえばいいと思う。でもなにかあったら「誰かのせい」「会社のせい」とか。だから出世しないし上に行けない、8時間労働で年間休日120日以上欲しいです!夢は独立です!ってハングリー精神がないって思っちゃうよね。僕はハングリー精神しかないから。先輩を潰そう、叩き潰そう、こいつの上に立とう、こいつの家族がどうなろうとやってやろうって気持ちだった。

当時、板橋は何もない街だった。商店街があって昔気質のじいちゃん、ばあちゃんばっか。若い連中を受け付けないから商売が成り立たなかった。なんか特殊な街。そんなのぶっ壊してやろう、板橋を盛り上げたいって。ここにない、オシャレな店創ったらみんな来るじゃん。絶対に必要とされてるって感じた。自分が行きたくなるような店をだそうとこだわったね。ハワイが死ぬほど大好きで、ワインもバルも好きだからハワイの店を創った。みんなには板橋で絶対無理でしょ!って、みんなに言われたし、笑われたけど、絶対に成功するって自信があった。

続く

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小森正紀-Masa- (GASTRO LABO・代表取締役)

18歳で飲食の世界に入り、都内のレストランなどで修業した後、本場ヨーロッパの郷土料理や欧米の現地料理を学び、 帰国後、都内のレストランでシェフ、総料理長を勤めオープニングの立ち上げやオペレーションを手掛ける。21歳でヨーロピアンブライダルコンテスト最年少優勝を始めに、国内外で様々な情報誌や雑誌に掲載されTV番組にも多数出演.現在は新店舗業態の開発やバル・ビストロ・居酒屋などの不振店舗の再生に力を入れ、大手飲食企業のシェフアドバイザーやコンサルティングを務める.料理のジャンルはフレンチ、イタリアンの欧風技法を基本に世界14ヶ国以上の専門料理も可能とする.